その日の夕食はレストランらしく華やかでオシャレで、味はそれに伴うもので言うことなしの食事だった。このヴィラを選んで正解だったね、と、思わず呟いた僕に虎も「そうだな」と、機嫌の良い返事をくれた。
Tシャツの襟口から覗く彼の首元には僕がつけてしまった僅かな赤い痕が見える。無意識のうちにつけてしまったのだ、それが恥ずかしく、虎も気づいているのかいないのか何も言っては来ないけれど。今日だけでどれだけ肌を重ねたのか、思い返す方が恥ずかしく、そっと目を逸らして目の前に並ぶ豪華な夕食を堪能した。

「へー、すごい、ナイトマーケットってこんな感じなんだ」

「場所によってフンイキは違うよ」

「そうなの?」

「ここはお土産もたくさん」

「Tシャツのかかりかたがすごいね」

「食事とか、食べ物たくさんのところもあるし、インドネシア人ばっかりのところもあるよ」

「そうなんだ」

「でも、観光なら、ここが良い」

「ありがとう」

「時間、どうする」

「そうだね、決めておこう」

連れられてやってきたナイトマーケットと呼ばれる場所は狭い道に食べ物屋さんやお土産やさん、怪しいブランド物のかかったテントのお店、そして至る所で煌めく電球。夜でもまるで昼間のように明るい道で、ジャッキーと帰りの時間を示しあわせて別れた。
お腹は満たされていた為、交渉次第でめちゃくちゃに値段を下げてくれるお土産屋でTシャツを数枚、値切るたびに出てくるおまけの品、マグネットや謎の置物などがいくつか。明日、午後から寺院巡りとお土産の買い物を予定しているからそこではあまりお土産になりそうなものは手にしなかった。
日本にはない雰囲気と、独特の賑やかさ。観光地ならでは、という部分も大きくまたの機会があればその時は地元の人たちが集う場所にも行ってみたいなと思った。たくさん歩き回り、あんなにいっぱいだったお腹が少し減り始めた頃ゴレンガンの屋台が目に入り、寅と2人でバナナのゴレンガンを買って食べることにした。それが本当にゴレンガンと呼ばれるものなのかは分からないけれど…ヤシ油であげた野菜や果物魚のすり身などのことで、バリでは人気のおやつみたいなものらしい。ちなみにバナナはピサンゴレンだった気がする…小腹を満たすにはちょうど良い量で注文ができて、何より驚くほど安価で美味しかった。
帰宅の為に待ち合わせたジャッキーにヴィラまで送ってもらい、お礼と挨拶をしているとポツリと雨の気配を頬に感じた。

「降ってきたネ」

「雨?」

「一気にくるよ」

「えっ、」

「うわ」

「ホラ、きた!」

「わっ、わ!急だね」

「じゃあ、明日、迎えにくるヨ」

「うん、ありがとう!お願いします」

「ウン」

「気をつけて帰ってね、おやすみなさい」

「おやすみ」

降り出した雨は本当にスコールだった。
一瞬で大雨になり、部屋に入るまでの数秒で僕らは全身びしょ濡れ。
今日だけで数回シャワーは浴びているし、マッサージと一緒にスクラブやシャンプーまでしてもらっており、正直お風呂に入るつもりはなかったのだけれど。せっかくだし、と大きなバスタブにお湯をはり、虎と浸かるだけの入浴をすることにした。

「すごいね、この音」

「台風だな」

「ね、本当に」

「屋根落ちそう」

「あはは、それは大変」

「本当に落ちてきたら笑い事じゃないけどな」

笑い事じゃない、でも、そんな話でも虎が上機嫌なのがあっさり分かるのが嬉しいのだ。普段の無表情の奥の感情を読み取るのも好きで、今の僕にしてみればそれは難しいことでもないのだけれど、それでも、こうして剥き出しになった虎の感情が嬉しくてたまらない。きっっと、今この瞬間、他の誰もここにいないことを一番喜んでいるのは僕で。独り占めできることが嬉しいとか、特権だとか、嫌なことを思っているのも。僕で。
雨が降っていた時間はそんなに長くなかったにしても、今日は雨季らしい天候だったのではないだろうか。そんなことを考えながらお風呂上がりには買ったばかりのTシャツを着て眠る事にした。

「明日は早起きだね」

「ん」

「起きれる?」

「平気」

「そう」

台風の時のような豪雨の音。
それにかき消されないよう距離をゼロにして、唇の動きで「おやすみ」を伝えると、同じように虎の唇が「おやすみ」を紡いだ。今日はほとんどの時間をここで過ごしたのに、それでも体に溜まった心地いい疲労感のお陰ですぐに眠りについてしまった。雨の音も、耳から流れ込んで煩わしいはずなのに、その雨音は不思議なことに穏やかで、妨げになることは全くなかった。
おかげで翌日の目覚めは最高で、少し早く起きすぎてしまったくらいだった。








×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -